救急医療の現場

医療従事者へのインタビューや最新医療などについてご紹介する「医療最前線」。第4回目は、聖マリアンナ医科大学 横浜市西部病院救命救急センターの救急救命医・北野夕佳先生にインタビューしました。北野先生には、新型コロナウイルスの影響による医療の現状や、日頃から必要不可欠な衛生管理、知っておきたい基礎知識などについて教えていただきました。※2020年9月1日取材

救急医療の現場

―本日はよろしくお願いします。まずは「救命救急センター」について伺いたいのですが、北野先生が勤務されている横浜市西部病院では、いつもどのくらいの救急に対応されているのですか?


昨日の夜で言うと、救急車が3台、ウォークイン(直接救命外来に来院する方)が2人ですね。救急車3台は特別多い方ではないんですが、重症の患者さんが来られるので、1例来たら2時間くらいは処置に時間を要するんです。救急外来によっては一晩に救急車が20台来る施設もあると思うんですけど、中等症以上の患者さんを受け入れているという面ではかなり忙しいですね。コロナ前と違うのは、例えば軽い交通外傷、心不全、肺炎と、前は3ブース並列で治療できたのが、今はどの患者さんがコロナ陽性でも不思議ではないので、区切られた空間では必ずPPE(Personal Protective Equipment:個人防護服)で入らなければならず、並列の対応ができないんです。新しい生活様式というか、新しい医療ペースに慣れなければいけないと思いながら、日々診療しています。



聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院(横浜市旭区)


―今年の4月、こちらの病院で患者さんと病棟勤務の職員の方が新型コロナウイルスに感染したという報道がありました。その時の経緯を伺ってもよろしいでしょうか?


当時はコロナ陽性の患者さんが院内で発生し、職員の熱発者も散見されるようになり、感染経路が追跡できなくなったんです。コロナ症例が出た病棟に関しては、医師や看護師、職員全員がPCR検査を行いました。もしかしたら呼吸器症状が全然なかった方が初発かもしれないということで、どの方がコロナでもおかしくないところが、この感染制御を難しくしているようです。


―医師として、その時の心境はいかがでしたか?


病院がシャットダウンした時は苦しかったですね。「当院は全面閉鎖しております、申し訳ありません」としか対応することができず、私たちは医療をさせてもらえなくなったんだ、と思いました。今では地域の中核病院として、診療を再開できるようになったことを嬉しく思いますし、これを維持しなければいけないので、シャットダウンした時の辛さ、悲しさ、無念さを忘れないようにしています。今後は他の病院にも起こり得ると思うので、同じ状態にならないように、ぜひうちの病院の院内感染の状況を他の医療施設でも共有していただきたいと思います。



横浜市西部病院では、換気用のダクトを設置するなど院内の改修を行うと共に、職員全員が標準予防策の手指衛生、汚染区域分け(ゾーニング)を徹底している。


院内感染を受けて教育動画を作成

―こちらの病院では、職員に向けて院内感染管理教育動画も作成したそうですね。


はい。一番尽力したのは、アメリカで感染症内科医をされて、WHOでも厚生労働省でも働いていた経歴を持つ齋藤浩輝先生です。彼が指揮官となり、感染制御室の看護師さんと私と事務員の方で作成し、この動画の閲覧を職員の必修講習にしたんです。感染症対策で難しいのが、正規や常勤の職員だけ対策を施しても、週に1回来る非常勤スタッフが感染対策を守らなかったら全く意味がないんです。到達目標はこの感染制御を完璧にすること、うちの病院で二度と院内感染を出さないことなので、作成に携われたことに誇りを持っています。


―職員の皆さんの反応はいかがでしたか?


とても反響がありました!何に気を付けて良いか分からなくて不安だった事務の方から「安心して働けるようになりました」と言ってもらえたことは、本当に嬉しかったです。例えばこの部屋を見渡した時に、感染制御の点からすると汚染されているのはハイタッチサーフェス(高頻度接触面)なんです。だから壁は特別掃除をする必要はありません。そういうポイントが分かると、通勤などの日常生活も気が楽になりますよね。この動画は一般の方にもぜひ活用していただきたいです。


院内感染管理教育動画コンテンツ


http://ccpat.net/10550-2/


聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院
救命救急センター/感染制御室



資料作成責任者:齋藤浩輝先生・北野夕佳先生


 


―動画を拝見しましたが、処置のOK/NG動画の比較があったり、流れが丁寧に説明されていたりして、とてもわかりやすかったです!コロナは日々情報や対処法が変わるので注意深く見る必要がありますが、普段から意識した方がよいことはありますか?


家庭内隔離ですね。以前は私も食器やコップを家族で使い回していたんですけど、コロナになってからそれは分けるようにしました。タオルも分けていますが洗濯物が増えるので(笑)、それぞれ専用のバスタオルを1枚使うようにしています。それから、子どもたちが外で遊ぶ時、お菓子のつまみ食いやシェアはやめた方がいいですね。そういうところさえ気を付ければ、私は子どもたちを外で遊ばせた方がいいと思っています。経済を止めないのと一緒で、コロナだからと言って子どもの成長発達を止めるべきではありません。ケンカして泣いて帰ってきて、また仲直りして…学校だけでは学べないコミュニケーションはとても大切だと思います。


コロナ以外の症例対応

―コロナによって、院内では現在どのような影響がありますか?


何をするにも普段より時間がかかるのは事実です。救急車が来た時もその場で待機してもらい、医師がフルPPEを着て向かいます。問診と診察をして、熱がなくて息が苦しくなく、喉や味覚嗅覚に異常がなく、酸素の値も大丈夫だったら、標準予防策(手指消毒などすべての医療現場で適用される予防策)で最近は対応しています。


コロナコロナと言っていますが、大多数の患者さんはコロナ肺炎以外の病気です。コロナによって他の病気を見落としたり対応が遅れたりすることは最大限避けなければいけません。だからこそ手指衛生が大事。でも心不全だったら酸素の値も悪いし、疑似症(感染症に似ているが、はっきりと断定できないもの)扱いをしなければいけないんです。疑似症扱いのままCT検査に行くとなると、人を避けねばならず、CT室にも最後に行かなければいけません。
その為、時間がかかってしまいます。だからこそ画像に頼らない的確な問診・診察が大事になります。 


―診察するにも工程が多く、患者さんに触れるリスクもあるので、さまざまなストレスがあると思います。そうした医療従事者の方の「心のケア」はどのようにされているのでしょうか?


精神科の先生がスタッフの聞き取りを行ったり、週1回ブログを更新したりしてケアしてくださっています。私自身は、スタッフとコミュニケーションを密にとるようにしていますね。あと嫌なことを言わない(笑)。私たちはシフト制なのでスタッフ同士が直接会わないことも多いのですが、このままだと事故に繋がるというもの以外は、お互いにうるさく言わないようにしています。元々仲が良く、いいスタッフが集まっているおかげで、日々うまくコミュニケ―ションをとりながら仕事ができていますね。


かかりつけ医を持つことの必要性

―コロナにかかわらず、高齢の方のご家族やご本人が普段から気を付けておくべきことはありますか?


医師って魔法の検査があって、魔法の画像があって診断できるわけじゃないので、既往歴とかお薬の情報がとても大事なんです。お薬の名前を覚えるのは無理だと思うので、とにかく「お薬手帳」を持っておくこと。私たちは救急なので、夜その患者さんのかかりつけの病院が開いてないと電話が繋がらなくて困ることもありますし、薬局に電話して「薬のリストをFAXしてもらえますか?」とお願いすると「本当かどうか確かめるために、病院に掛け直します」と言われることもあります。ですから情報収集に結構な時間がかかるということを、ぜひ知っていただきたいんです。かかりつけの薬局を一つにまとめるのもおすすめしたいですね。高齢の方であればアレルギーや介護保険の状況も把握しておけるとより良いですが、息子さん娘さんが既往歴だけでもまとめた紙を渡してあげるのでも良いと思います。


―情報をまとめておくことで救命スタッフの負担も軽減できるのですね。また、不測の事態が起こった時に救急車を呼ぶべきなのか判断がつきづらいことがあります。そういった場合はどうしたらよいですか?


そういう時は、救急車を呼ぶ前に消防庁の電話救急相談センター「#7119」にコールしてください。相談医療チームが24時間対応しています。あとは、かかりつけ医を持つことが大切ですね。私たち救命は「はじめまして、どうされましたか?」というところから始めますが、かかりつけ医だったらその患者さんを普段から診ているので変化に気付きやすいんです。それとお伝えしたいのが、救急外来で「何ともありません」と言われても「次の日に病院にかかってください」と言われたら絶対に行ってください。次の日に受診しなかった方が、また夜中に具合が悪くなって急患で来るケースはよくあるんですよ。


―なるほど…気を付けなければいけませんね。その他、生活上の注意はありますか?


他の先生も仰ることですが、やはり普段から規則正しい生活、過労を避ける、健康な食生活、適切な運動は大切ですね。特に筋活は重要です!ご高齢の方が、コロナを怖がって家に引きこもるのは逆効果です!栄養・筋肉が落ちて弱ってくる「フレイル」という状況になると、転倒されて骨折したらそのまま寝たきりになる可能性も高いんです。3密は避けるべきですが外出は問題ないので、散歩したり坂を上ったりといった運動をぜひルーティン化して、高齢の方こそ弱らないようにしていただきたいと思います。


それから、私は全然文学的じゃないんですけど、茨木のり子さんの「さくら」という詩が大好きなんです。その中の「死こそ常態 生はいとしき蜃気楼」って言葉にドカーンと衝撃を受けました。子どもたちがコロナの現状を「嫌な時代」と言ったりするんですけど、戦争の時代を思えば、今生きているなら完璧に健康でなくても家族がいて、子どもたちがいて、仕事があって、それだけで幸せですよね。生きている間は幸せに生きないともったいないじゃないですか?そういう意味で、子どもたちにもきちんと教育していかないといけないなと思いますね。


―医療従事者として、最後に伝えたいメッセージはありますか?


院内では接触予防策を完璧にやっていますし、疑わしい症例に対してはフルPPEを着用しています。病院の中の診療で自分のコロナ感染率が普通以上に上がるとは全く思っていません。ですので、今はいろいろと問題視されていますが、医療従事者の家族だから普通の人よりもコロナのリスクが高いという考えは、私は持たなくていいと思っています。
コロナはしばらく続くだろうな…という感触ですが「いつ終わるんだろう?」と思って待つよりも、「コロナと向き合って生きていこう」と思った方が、ストレスが少なくて済むかもしれませんね。


夜勤明けでお疲れだったにもかかわらず、医療の現状からご家族とのエピソードまで、貴重なお話をたくさんお聞かせいただきました。北野先生、ありがとうございました。


 


【プロフィール】


北野 夕佳(きたのゆか)
1996年に京都大学を卒業後、京都大学医学部附属病院で1年、大阪赤十字病院で3年間、内科各科、麻酔科、診断放射線科、救急部を含むローテート研修を行う。


大阪赤十字病院ではチーフレジデントを務める。2000-2004年、京都大学大学院で基礎研究を行う。2005年にECFMG certificateを取得し、2006-2009年、野口医学研究所の選考会をきっかけに米国に渡米。シアトル市のヴァージニア・メイソン医療センターで内科レジデントを修了し、米国内科専門医を取得する。


2009年に帰国、東北大学病院高度救命救急センター助教に就任する。東日本大震災時にはトリアージ黄リーダーを務める。


2011年に聖マリアンナ医科大学救急医学助教に就任し、救急・集中治療・総合内科臨床を行いながら、初期・後期研修医の教育にあたっている。聖マリアンナ医科大学救急医学 講師、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院 救命救急センター勤務。