自分だけでなく、家族や、周りの人たちも守る感染症対策を-日常生活の中でできる感染予防-

世界的大流行を起こした新型コロナウイルスという新たな感染症は、未だ衰える気配を見せません。これから冬に向かえば、風邪やインフルエンザの流行も懸念されます。厳しい暑さが続いたこの夏、疲れが出て体力が低下し、気分が落ち込みがちな方も多いのではないでしょうか。今回は、感染症との向き合い方について、高知大学医学部家庭医療学講座特任教授の佐野潔(さのきよし)先生にお話を伺いました。

日常生活の中でできる感染症予防策とは!?

-そもそも感染症とはどういう病気なのでしょう。


感染症とは、病原体となる微生物、ウイルスや細菌が主なものですが、これらが身体に侵入することで引き起こされる病気です。


-ウイルスと細菌、どちらも似たもののように考えがちですが、どう違うのですか?


まず、大きさが違います。ウイルスは0.1ミクロン、細菌は1〜10ミクロンですから、ウイルスの10〜100倍になりますね。ウイルスがパチンコ玉だとしたら、細菌はバスケットボールくらいの大きさです。それから構造も違います。細菌は、細胞壁という殻で覆われた単細胞生物で、栄養源があれば自分で細胞分裂して、同じ細菌を増やしていくことができます。ところがウイルスは細胞を持たないので、他の細胞の中に入り込み、その細胞を利用してコピーを作らせ増殖していきます。
では、そんな相手とどう戦うかですが、細菌は人間の細胞の外にいるので、細菌を標的に薬を投与すれば良いのです。その代表的な薬がペニシリンなどの抗生物質で、細菌の殻である細胞壁を破壊して死滅させます。ところがウイルスには細胞壁がないし、そもそも人間の細胞の中にいます。細胞内まで到達できる薬を作るとなると、ウイルスは殺せるかもしれないけれど、正常な細胞まで壊しかねません。これが難しいところです。



-新型コロナウイルスはまさにそのウイルスなわけですが、感染しないために最も大切なことは?


とにかく感染経路を断ってウイルスや細菌が、身体の中に侵入しないようにすることです。では身体のどこが入り口になるかというと、粘膜です。口の中や鼻の中、また忘れがちなのが目です。メガネやフェイスシールドは、目を防護するために意味があるわけですね。皮膚の表面からは侵入しないけれど、傷口があるとそこから身体の中に入ってしまうので、気を付けなければいけません。病原体がついてしまったらすぐに落とす、手洗いやうがいをして物理的に洗い流すことで、ウイルスや細菌の数を減らすことができます。
夏場はマスク着用による熱中症が心配されましたが、薄いマスクや通気性の良いマスクでは効果がありません。マスクは飛沫が飛ぶのを防ぐと同時に人にうつさない役割があるので、人と距離をとり飛沫が届かない状況であれば、マスクを外しても良いでしょう。



-手洗い、マスク着用、ソーシャル・ディスタンスを保つことは、感染症予防のための新しい生活様式になりましたね。


最大の予防策は、自分の健康状態をいつも良好に保ち、健康力を上げるということです。これに勝るものはありません。人間には誰しも、体内に病原体や異物が侵入したら、それに抵抗して打ち勝つ免疫という機能があります。免疫細胞が活性化していれば、ウイルスが細胞の中に侵入してきても退治することができるわけです。


-いわゆる免疫力アップ、ということですね。具体的にはどうしたら良いのでしょうか?


常識的な話にはなりますが、栄養バランスのとれた食事、十分な睡眠、そして適度な運動です。運動は代謝を上げて血流を促すことで、身体の各部に酸素を行き渡らせます。血液中の白血球は免疫の働きを担っていますから、病原体と戦う援軍ができるわけですね。手足が冷えると血行不良となりウイルスが増殖しやすくなるので、身体はなるべく冷やさないようにしてください。
また心理的なストレスを避けること。辛いことがあって落ち込んでいると、風邪をひきやすいということがあります。ストレスが細胞の活性化を妨げるかもしれません。



-運動というと、やはりジョギングやウォーキングが効果的ですか?


一般的には「全身を動かす」運動が良いですね。身体の中の大きな筋肉を動かすことが大事で、最大心拍数の80%くらいに持っていける運動を、1日に20〜30分行うことをおすすめしています。年齢によっても変わりますが、50代なら120〜140の心拍数を維持できる強度の運動、ウォーキングなら少し早歩きする程度ですね。
その上で、健康度を下げるような危険行動を避けることも大切です。まずは嗜好品。アルコールやカフェインの摂り過ぎはよくないし、喫煙もマイナスに作用します。あとは3密(密集・密閉・密接)、こうした行動や状況を避けることが必要でしょう。



-予防については、最近ワクチンの話題をよく耳にしますね。


予防接種も重要です。過去にもたくさんの感染症がありましたが、ワクチンを接種することで病原体に対する抗体を作り、病気を予防できるということがわかっています。新型コロナウイルスのワクチンもできれば良いなと思いますが、これはまだ先の話でしょうね。世界的にみると、日本は予防接種の取り組みがかなり遅れている。一般的に人々の意識も低いように感じます。


-予防接種は小さい頃受けましたが、大人になってから接種した方が良いものもあるのですか?


例えば肺炎の予防接種は、ほとんどの市町村で60歳以上の方を対象に実施しています。日本はあまり取り沙汰されていないものだと髄膜炎。それから耳下腺炎(おたふく風邪)、これも海外では必須とされているのに、日本では任意の接種です。インフルエンザも重症化を防ぐために、高齢者や基礎疾患のある人は打っておくべきでしょう。何年か前に風疹や麻疹が流行しましたが、予防接種は世界と協力して行うもの。日本で発症して、世界中に感染を広げてしまったら意味がありません。いずれにせよ感染症については、自分だけでなく、家族や周りの人を守るために、感染しない、感染させない対策をとっていただければと思います。



意外と知らない 薬との正しい付き合い方

-感染してしまったら治療が必要になりますが、薬について注意すべき点を教えてください。


例えば風邪をひいた時、抗生物質(抗菌薬)を処方されたことはありませんか?風邪の原因は、ほとんどがウイルスです。抗生物質は細菌を殺すことはできるけれど、ウイルスは殺せない。これは冒頭でお話しした通りです。


ーなるほど。つまり抗生物質は、風邪には効かないということですね。 


そうです。風邪をこじらせて細菌性肺炎になると困るので、それを防ぐために抗生物質を出すという意見もあるのですが、予防効果についてはまだ証明されていません。また抗生物質をむやみに使うと、普通の細菌、いわゆる善玉菌まで殺してしまうので、バランスが崩れ悪玉菌が台頭して、他の病気を引き起こしてしまう。抗生物質に対して抵抗性を備えてしまった耐性菌による感染症も、抗生物質の乱用によって起こる問題です。
そこで対症療法として、鼻水や熱、咳などの症状を抑える薬を使います。ただしこれにも注意が必要です。例えば鼻水が出るのは、鼻の奥の粘膜についたウイルスを洗い流そうとする防御反応ですが、薬で鼻水を止めてしまうと、洗い流されずにそこで繁殖して、かえって風邪を長引かせることになります。ですから対症療法の薬は、症状が日常生活に支障をきたすレベルに至った時、必要に合わせて頓服薬(一日に何回と決めず、症状が出た時に服用)として使うのが妥当でしょう。それから総合風邪薬、これも全ての症状に当てはまるのなら良いのですが、そうでない場合は、個別の症状に合わせた薬を必要な時だけ使った方が妥当かと思います。


-漢方薬やサプリメントについてはいかがでしょうか。


漢方医学というのは、膨大な臨床経験の積み重ねに基づく学問です。痩せた人、太った人、脈が高いのか低いのかなどなど、個人の状態や症状に合った薬を総合的に組み合わせたものが漢方薬なので、専門家の正しい見立てによって処方されたものなら効果があると思います。サプリメントについても、自分に合ったものを自分で適切に判断できれば良いけれど、それも難しい。そんな時は、自分の健康状態や日常生活を日頃からよく把握している、かかりつけのお医者さんに相談すると良いですよ。



情報に惑わされないために かかりつけ医を持つ

-かかりつけ医というのは、何でも診てくれるお医者さんということでしょうか?


特定の臓器に限らず幅広く診るというだけでなく、患者さんの話をよく聞いて、その人のバックグラウンドや生活に沿った診療を施し、健康管理や生活指導を5年、10年と継続して行ってくれる、総合診療医と呼ばれるお医者さんです。そういう役割を担ってくれる開業医の先生をかかりつけ医にできれば、それが理想ですね。



-今は情報がいくらでも手に入る時代だけに、何が正しいのか見極めるのが難しいと思います。そんな時どんなことでも相談できる、かかりつけ医がいると安心ですね。


時代とともにいろいろなことがわかってくると、事実も変わってきます。何が本当に正しいかは、正直わからない。だからこの時代、今の時点で何をするのが最も妥当か、という観点から物事を見るしかありません。しかし日本の社会の中だけで妥当性を見るのと、世界全体から見た妥当性というのはかなり違うんですよ。500人に効いたものと、5万人に効いたものでは違ってくる場合もあるわけです。だからかかりつけ医も、世界的な視野が必要です。文献を読むにしても、英語で書かれたものまで目を通した方が、得られる情報は圧倒的に多い。英語を使うのはアメリカだけではありませんからね。これから医療従事者を目指す方には、狭い社会での価値観に縛られないよう、英語をマスターして情報収集できるような人になってもらいたい。最近はそういう人も増えてきたけれども、若い人をもっと育てていかないと。これから10年、20年後の医療をもっと良くするためにも、海外で医療従事者を育成する野口医学研究所の取り組みは、とても大切だと思います。


【プロフィール】




佐野 潔(さのきよし)
1978年、川崎医科大学卒業。
日本プライマリ・ケア連合学会指導医、米国家庭医学会認定フェロー。
高知大学医学部家庭医療学講座 特任教授。ミシガン大学客員臨床教授。
トーマスジェファーソン大学客員教授。米国財団法人野口医学研究所 理事長。